相続税申告書は、相続や遺贈により財産を取得する者が複数いる場合、通常は全員が一つの申告書を共同で提出します。これを「共同申告」といいます。
相続人間で仲が悪かったり意見の不一致などがあり協力できない場合には、各自で申告書を作成して提出することができます。しかし、共同申告しない場合、いくつかのリスクやデメリットが生じます。
①申告内容が異なり、税務調査の対象になりやすくなる
相続税申告では被相続人のすべての財産債務と申告義務者全員を記載して税額を計算する必要があります。そのため、自分が取得する財産だけを記載して申告するようなことはできない仕組みになっています。
申告義務者間で協力できない状況で作成されたそれぞれの申告書は、情報共有が十分にできておらず内容が異なっている事が一般的です。
それぞれが依頼している税理士同士が依頼者の了解を得て情報共有し、意見が不一致の部分以外を一致させて申告するということもありますが、税務署側から見ると、内容が異なっている点や情報共有不足による財産計上漏れの可能性などを考慮して、税務調査の対象になりやすくなるリスクが生じます。
②遺産分割協議がまとまらず、相続税額が高くなる
法定相続人間で協力できない状況の場合、申告期限までに遺産分割協議をまとめることはできないと思われます。その場合はそれぞれで通常通り財産評価と申告書作成を進めて一旦未分割で申告し、弁護士を介するなどして遺産分割協議を行い、確定した内容で修正申告書を提出する流れになるかと思います。
しかし、未分割申告だと土地評価額を減額できる「小規模宅地の特例」や「配偶者の税額軽減の特例」などが受けられないため、一旦納める相続税額が高くなってしまいます。未分割申告の際に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しておくことで、遺産分割協議後の修正申告で適用して還付を受けることができますが、還付を受けるためには遺産分割が確定してから4カ月以内に税務署に対して更正の請求を行う必要がありますので、ご注意ください。
他にも分割協議がまとまるまで不動産を売却できないなどのデメリットがあります。
③税理士報酬が高くなる
当然のことですが、共同申告する場合は一人の税理士または一つの税理士法人への依頼で済みますが、各自で申告する場合はそれぞれ異なる税理士に依頼する必要があり、税理士報酬がトータルで高くなってしまいます。
申告義務者間で意見の不一致がある場合、税理士は利益相反の点から双方の依頼を受けることはできません。
どうしても共同申告ではなく各自で申告することになった場合は、上記のリスクやデメリットをご留意いただければと思います。
もう一つ注意していただきたいのが、相続税の代理納税の問題です。
被相続人の愛人が生命保険金の受取人として申告義務者になっている場合や、被相続人の生命保険金の受取人に指定されている配偶者が以前に死亡しており、生命保険金を受け取る権利が配偶者の兄弟姉妹に渡ってしまった場合など、財産を開示したくない何らかの事情がある場合に、支払通知書の情報共有をしてもらったり共同申告をしたりするためにその者の相続税を負担するとしたら、負担した相続税分を贈与したことになってしまいます。
負担する相続税額が110万円を超えていれば、贈与税を支払う必要があります。
代理納税については親が子の相続税を負担してもいいかという質問を受けることが多々あるのですが、この場合も上記の通り贈与になります。もし相続税を負担したことが発覚しないまま二次相続が発生すると、それが贈与か、貸付金などの相続財産になるかという論点も生じますので、注意が必要です。