昨今の相続現場では、親の介護問題が相続問題の発端となっているケースが結構あります。
親の面倒を同居の長女夫婦がみていたのに、親が亡くなると長男が法定相続分を主張して譲らないといったケースです。
長女は、親の面倒をみる代わりに親から自宅を相続することを約束してもらっていましたが、残念ながらただの口約束。正式な遺言ではないので、法的効力は何もありません。親の面倒をみた長女には寄与分が認められる可能性はあるものの、長男にも相応の遺産分けをせざるを得ません。場合によっては、自宅を売却して金銭で分ける以外に解決方法がないこともあるでしょう。
このような相続争いを避けるためには、親の面倒をみると決まった時点で親に「自宅は長女へ相続させる」との遺言書を作成してもらうことをお勧めします。
しかし、そうは言っても子供の方から親に「遺言を書いてほしい」とは言い出しにくいものです。言い方を一つ間違えれば、「お前は俺が死ぬのを楽しみに待っているのか!!」と親の怒りを買って元も子もなくなります。
また、仮に親に遺言を書いてもらえたとしても、その後書き直されないとも限りません。かといってグズグズしていると、自分の兄弟が親にうまいことを言ってそちらに都合のいい遺言を書かせてしまう可能性もないとは言い切れず、不安が尽きることがありません。
そこで、遺言の代わりに民事信託(家族信託)の活用を親に提案してみては如何でしょうか。
例えば、父親(委託者)と長女(受託者)との間で、自宅を信託財産とする信託契約を結びます。受益者は父親とし、父親の死亡時に信託を終了して残余財産を長女に帰属させるようにしておきます。信託契約締結の段階で自宅の名義は「父親」から「受託者・長女」へ変更されます。ただし、税務上は受益者である父親が引続き自宅を所有しているとみなされるため、長女に贈与税や不動産取得税は一切課税されません。
将来、父親が亡くなったときに信託は終了し、残余財産帰属者である長女が自宅の完全な所有者となります。このとき、税務上は、長女が自宅を父親から遺贈されたものとして取り扱われるため、自宅も相続税の課税対象財産になります。
被相続人である父親の居住の用に供されていた宅地を同居親族である長女が相続により取得することになるため、小規模宅地等の課税の特例の適用を受けて自宅敷地の評価は80%減額も可能。
つまり、家族信託を経由した相続であっても、信託を経由しない通常の相続であっても、相続税法上の違いは特にないということです。
なお、父親死亡後の受益者を予め信託契約の中で指定しておき、父親死亡後に信託を終了させずにそのまま継続も可能です。ただし、長女を受益者に指定するのは問題あり。同一人物が受託者兼受益者の状態が1年間続くと、強制的に信託終了となるからです。
前記のように遺言の代わりとなる信託の形態を特に「遺言代用信託」と呼びますが、遺言との主な違いは以下の点です。
①遺言は民法に規定された遺言の要件を満たさなければ無効となってしまいますが、遺言代用信託は契約の一種であり遺言の方式による必要はありません。
②遺言は遺言者の単独の法律行為であり、またその効力は遺言者の死亡後に生ずることになるがゆえに、受遺者として指定された者がこれを拒否(放棄)する可能性があります。
また、相続人全員が合意して遺言と異なる内容の遺産分割を行う可能性もあります。つまり、遺言では遺言者の意思が実現されない場合が起こり得るということです。これに対して、遺言代用信託は、委託者が事前に受託者と合意の上で信託契約を締結し、同時に受託者が実際の任務に就くことから、委託者の意思が確実に実現されると言えます。
③遺言は相続発生後に執行が必要であり、それにある程度の時間を要します。一方、遺言代用信託は遺言執行とは無関係であり、委託者死亡後の受益者や残余財産帰属者は、早期に確実に信託財産からの利益を得ることができます。
親に「遺言を書いてほしい」と頼むのはハードルが高いかもしれませんが、「信託契約を結ばない?」と提案するのは比較的楽です。「信託なら、万が一お父さんが認知症になってしまっても財産管理に困らないようにできるし・・・」という一言が、伝家の宝刀になる可能性もあります。
実際、「遺言を書くのはなかなか気が重いけれども、信託契約であれば前向きに考えることができる」という親側の意見はよく聞きます。
家族信託の活用を検討する過程で、親子で将来の我が家の財産承継について真剣に話し合うことができるという点も、大きなメリットでしょう。
親が信託契約を結んでくれるなら、将来の無用な相続トラブルを起こすリスクも小さくなり、子としては安心して同居介護にも踏み切れそうです。
あなたのご家庭でも、将来に備えて家族信託の活用を親子で検討してみては如何でしょうか。いつでも当社にご相談ください。